Home 第4話 お転婆娘の恋と勇気

Ads on: Special HTML
Follow us on Twitter

第4話 お転婆娘の恋と勇気

『タム・リン』(Child 39A)

tam_lin_f2

第1話では、死んだ二人が植物に変身して最後は幸せに結ばれたと紹介したが、実は同じ歌でも、版が違えばまた違った終わり方をする。『マーガレットとウィリアム』のA版では、最後に教区の牧師が登場して、恋結びを結っていたバラとイバラを切り捨ててしまうのである。第1話のB版をキリスト教以前ののびやかなフォークロアの世界とすれば、このA版は明らかにキリスト教的なニュアンスを帯びていると言えよう。
今回ご紹介する『魔性の恋人』では、愛を誓い合っていた恋人が7年ぶりに女の元に戻ってくる。しかし、その間に女は別の男と結婚していて、子供も二人いる。夫と子供を捨てたら何処に連れて行ってくれるかと尋ねると、八隻もの船を浮かばせて戻って来たと、男は海の向こうでの成功を告げる。女の乗り込んだ船の「帆は琥珀織/マストは金箔におおわれて」いたが、乗組員は誰もいない。戻って来た男は、例の肉体を持った亡霊で、船は幽霊船であった。出航して間もなく、「男の顔はかきくもり/眼は険しく」なって、やがて悪魔の印である「割れた足の爪」が見えてくる。二人がこれから行く所は、むこうに見えるきれいな天国の山ではなくて、霜と雪が舞う地獄の山だと、男は言う。夫や子供を捨てて、昔の恋人と駆け落ちした天罰が下ったということか。
これをうたうジョーン・バエズの歌のタイトルが “The House Carpenter”となっているように、女が結婚していた相手の男は陸(おか)大工、あるいは、船大工という設定で、捨てられた夫と子供の不幸に重点を置いた版があり、他方で、戻って来た恋人の悪魔を主人公とする歌もあって、両者は半々である。A版では、夫は悲しみの余りに自殺し、親を亡くした子供は神の助けを得て生きてゆくだろうとうたわれる。さて、ここで紹介するF版は、「男はトッブマストを手でうちくだき/前のマストを膝でうち/豪華(ごうか)な船を真二つ/海の底へ沈めました」とうたって終わる。
まるで、最後の瞬間に男が巨人となって、手のひらに乗せた船を真っ二つに打ち砕いているかのようである。このイメージからは、キリスト教的な教訓性など吹き飛ばしてしまって、もともとの恋人二人の爆発的な情念が伝わってくるように感じられる。今後いろいろと紹介してゆくことになるが、このように物語の最後の瞬間に、それまで押さえていた感情を一気に吐き出すような語り方は、伝承バラッドの大きな特徴と言えるのである。
変身が恋愛遊戯の手段であった前話と打って変って、今回はお転婆娘の恋と勇気の証となるという話である。「カーターホー」は、イングランドとスコットランドの国境ボーダー地方を流れるエトリック川とヤロー川が合流する辺りの森の名前だが、そこに行くと、「金の指輪」か「緑のマント」か「乙女の純潔」を妖精タム・リンから奪われるから、絶対に行ってはならないと言われていた。ジャネットは忠告を無視して、いかにもお転婆娘らしく「スカートをひざの上までたくし上げ/金髪をおでこで/きりりとむすび」、森に出かけて行く。妖精たちの特別の保護下にあるといわれるバラの花を摘んで、そこに現れたタム・リンに、なぜ禁じられたことをするかと咎められ、この森は父が自分にくれたものだから何をしようと勝手だ、と抗弁する。ここでジャネットが、危険だと言われていた通り、処女を奪われてしまったということは、あとの話から解るのであるが、その場面は省略されている。(簡潔に場面を描写している版もある。)バラッド独特のスピード感あふれる話の展開で、お城に戻ったジャネットは父親に堂々と、お腹の子供の父親は妖精だと言い放つ。

森に戻ったジャネットはタム・リンから、身の上話を聞かされる。彼は元々人間で、ある日、狩りから戻る途中で落馬したところを妖精の女王に捕まって、妖精の国に連れて行かれたこと、7年毎の地獄への貢ぎ物に自分が差し出されるに違いないから、ハロウィーンの今夜、自分を救い出してくれ、と頼む。ハロウィーンとは万聖節の前夜、10月31日の夜のこと、この時、超自然界が人間界に最接近すると信じられていた。妖精たちが真夜中に馬に乗って通り過ぎる時、白い馬に乗った自分を引きずり降ろしてくれ、その際、妖精たちは君の腕の中の自分をイモリやマムシ、熊や獅子、「真っ赤に燃える鉄の棒」に変えるだろうが、「おなかの子どもの父親」である自分をしっかり抱いて怖がらないで、そして最後に、自分を「真っ赤に燃える石炭」に変えた時、泉の水に投げ込んでくれ、そうすれば自分は元の騎士に変われるのだ、と言う。言われた通りにやり遂げたジャネットはタム・リンを見事人間界に連れ戻す。怒り狂った妖精の女王は、妖精界は人間に見られてはならず、タム・リンが逃げると分かっていたら、前もって目をくりぬいておけばよかった、と悔やむのである。

イングランドとスコットランドの国境を舞台にした愛をうたうバラッドには、大きく分けて三つのタイプがある。国境を越えた愛、敵対するクラン(=氏族)の若者の愛、そして、今回紹介したような妖精との出会いの物語である。稿を改めて種々紹介してゆくつもりであるが、妖精とか亡霊、悪魔など、異界の登場人物と人間の交流が、想像力あふれるバラッドの物語世界を構成している一つの要素であることは、忘れてはならない点である。

 

ひとくちアカデミック情報

ジャネット:「ジャネット」と言えば、お転婆娘で、禁じられた森に行き、恋人を妖精界から救い出す時に自らの腕の中で恋人が蛇や熊やライオンに変身しても決して手放さなかった勇敢な娘として忘れ難い人物である。他方、同じ「ジャネット」という名前でも『ウィンズベリーのウィリー』(“Willie o Winsbury”, Child 100A)に登場するジャネットは、王の娘でありながら身分の低い粉挽き場のウィリーとの結婚を選ぶ控え目な女性である。(身分を問わないという意志の強さは『タム・リン』のジャネットと通じるものがあるかも知れないが。)また、『騎士の亡霊』(“The Knight’s Ghost”, Child 265)のジャネットは、運命のままに生きることを指示される女である。亡霊として戻って来た夫にジャネットが、自分はいつ死ねるかと訊ねると、亡霊は、「お前は他の騎士と結婚して9人の子供を産むのだ」と言われる。歌はそれで終わって、ジャネットの意志はまったく伝わって来ない。そもそも『タム・リン』でも版が違えば、話の内容は同じでありながら、娘の名前がマーガレットで、妖精がトマスだったりする。固有名詞が本来持つべき唯一的存在としての個別性が存在しないのである。



 

原詩(英語)の箱

画面をクリックすると拡大されてご覧いただけます
解除するにはescキーを押してください

訳詩の箱

画面をクリックすると拡大されてご覧いただけます
解除するにはescキーを押してください

 

読者の感想をお聞かせください

Comments (2)
2 2009年 10月 30日(金曜日) 16:51
コカママ
ご無沙汰してうるうちに、躍動感溢れる歌が掲載されていました。このストーリー、なかなか興味を惹かれました。なぜかと言えば、現代にこんな女性がいたらいいな!と思ったからです。「好きな人のためなら、たとえ火の中、水の中」を地でいける人はどれくらいいるのでしょう!?釣り合い、収入、イケメンかどうか、家系、人柄、優しさ、いろんな条件で相手を選ぶのは恋愛なのかな?と、(自分のことはこの際棚上げです)思ったりするものですから。ところで、妖精というのは、透明の羽がキラキラして、金髪巻毛のあどけない子どもたちだとばかり思っていました。なかなかエグイ人(?)たちだったのですね。
1 2009年 10月 14日(水曜日) 11:52
まつうた
スカートをたくし上げて馬を駆る娘の姿が凛凛しく、とても好きなうたです。
19世紀になってウイリアム・モリスが"The Haystack in the Floods"というバラッド詩のヒロインにジャネットの姿を重ねていて、こちらも興味深いです。

コメントを投稿する

お名前:
コメント:
 

Copyright (C) 2009 魅惑の物語世界 All Right Reserved.