第135話 児童虐待ー政治とバラッド (2) 

ウィリアム・ブレイク「1 煙突掃除の男の子」(『無垢の歌』)&「2 煙突掃除の男の子」(『経験の歌』)(William Blake, ‘1 The Chimney Sweeper’ & ‘2 The Chimney Sweeper’, Songs of Innocence and Experience, 1789 & 1794)

ブレイク (William Blake)は「煙突掃除の男の子」 (‘The Chimney Sweeper’)という一つのタイトルで二つの作品をSongs of Innocence (1789) とSongs of Experience (1794)という詩集に発表した。タイトルは同じでも内容は違っている。便宜上、発表の順番に1, 2 という番号を作品名の頭に付けて紹介すると、「1 煙突掃除の男の子」は、

母さんが死んじゃった時 ぼくは小っちゃくて
父さんは ぼくを売っちゃったんだ まだ舌たらずで
「えんとつしょーじ えんとつしょーじ」としか言えなかったのに
ぼくは煙突をそうじして すすの中で眠るんだ  (1-4)

と始まる。髪を刈られてつるつる頭にさせらえて泣いている「トム・デーカー」という小っちゃな子に、「きらきらの髪がすすだらけにならなくていいよ」と言って慰めてやると、トムは泣き止んで、その夜見た夢の話をしてくれたという。煙突掃除の仲間たち皆んなが黒い棺(ひつぎ)に閉じ込められていたところに天使様が現れて、棺(ひつぎ)を開けて自由にしてくれて、「みんなで緑の野原へかけてって 飛びはねたり笑ったり/川で体を洗って 陽を浴びてぴかぴかになったんだって」(15-16)と「ぼく」は報告する。天使様がトムに、「いい子にしてたら/神さまをお前のお父さんにしてあげよう 喜びでいっぱいにしてあげよう」(19-20)と約束する。トムの夢に励まされた子供たちは、まだ外も暗い中を起き出して、掃除袋とブラシを持って煙突掃除へ向かう。みんな煙突をしっかり掃除すれば、もう何も怖がらなくていいんだと思うのだった。

「2 煙突掃除の男の子」では、雪の中の小っちゃな「黒いもの」 (‘A little black thing’)が「えんとつしょーじ しょーじ」と泣き叫んでいる。「お父さんとお母さんはどこだい」と聞かれると、「 黒いもの」は「二人とも教会にお祈りしに行ってるよ」 (4)と応える。

「父さんと母さんはぼくにすすまみれの服を着せて
悲しい歌をうたうよう教えたんだ

今も幸せにうたって踊ってるから
二人とも ぼくを辛い目にあわせてないって思ってるんだ
それで ぼくらの悲しみで天国を作る
神さまと司祭さまと王さまを拝みに行ってるんだ」 (7-12)

こちらの作品では、子供の親たちに対するだけでなく、「ぼくらの悲しみで天国を作る /神さまと司祭さまと王さま」(‘God and His Priest and King, / Who make up a Heaven of our misery’, 11-12)に対する痛烈な批判の矛先が向けられている。

イギリスで最初の”Chimney Sweepers Act”(「煙突掃除人法」)が可決されたのは1788年、ブレイクがSongs of Innocenceで「1 煙突掃除の男の子」を発表した1年前である。煙突掃除とは、煙突の内部に溜まった灰や煤を清掃する職業で、当初の煙突は垂直で煙道も大人が通れるほど大きなものであったが、産業革命の頃になると建築様式の変化やより効率的な燃焼のために、子供でなければ通れないほど煙道は細くなり、時には途中で曲がっていることさえあったという。煙突掃除人は法的に徒弟制(ギルド制=中世ヨーロッパの都市で行われていた特権的同業者組合組織)であり、一般的には大人である親方掃除人(Master sweep)がワークハウスや孤児の少年を見習いとして雇い入れ、彼らを煙突内部でよじ登れるように訓練して掃除をさせた。その職務は過酷であり、煙突掃除人癌を代表とする職業病で短命であることも当時から認識されていた。1788年の法律では、それまで4、5歳になると売買されていた煙突掃除人は8歳以上、親方が雇える見習いは6人までと制限されたが、有名無実。その後も幾度となく改訂が加えられ、1834年の法では、子供の年齢は14歳以上となった。1840年の法では、21歳未満の者が煙突掃除をすることは違法とされたが、ほとんど無視された。1864年に制定された「煙突掃除人規制法」では、法律を無視した親方掃除人に対する罰金や投獄を認め、警察にもその容疑で逮捕する権限を与え、新設及び改造された煙突に対する商務庁による検査承認を求めるなど、管理が大幅に強化された。1875年法では、煙突掃除人が「事業を行う場合にはその地区の警察から認可を受けること」が義務付けられた。こうして遂に同年9月、少年たちに煙突掃除を行わせる慣行を終わらせることになった。

ヴィクトリア朝の詩人、小説家、聖職者であったチャールズ・キングズリー(Charles Kingsley, 1819-75)のバラッド詩「三人の漁師」(“The Three Fishers”, 1851)の中で繰り返される「男は働き 女は泣く運命(さだめ)」(“men must work and women must weep”) というリフレインは諺になっているほどであるが、彼の『水の子どもたち』(The Water-Babies, A Fairy Tale for a Land Baby, 1863)という子供向けのおとぎ話もまた19世紀の児童文学で最も良く知られている作品の一つであり、ヴィクトリア女王が自分の子供たちへの愛読書としたとして有名な童話となった。主人公は煤だらけの煙突掃除の少年・トムで、お金持ちの家から追われて、川に落ちて死んで、水の子として生まれ変わり、水生昆虫のトビケラから道徳教育を受けて生まれ変わり、初めて「苦難という冷たい水」を受け入れることのできる人間に再生し、やがて、悪行のために処罰されている人を助けるために世界の果てまで旅をするという話である。

「川で体を洗って/… /いい子にしてたら/神さまをお前のお父さんにしてあげよう」という天使様のトムへの約束が、80年余の時を経てようやく実現したことになったのである。

<ひとくちアカデミック情報>
「三人の漁師」: “The Three Fishers”, 1851.


Three fishers went sailing away to the West,
   Away to the West as the sun went down;
Each thought on the woman who loved him the best,
   And the children stood watching them out of the town;
   For men must work, and women must weep,                    5
   And there’s little to earn, and many to keep,
          Though the harbour bar be moaning.

Three wives sat up in the lighthouse tower,
   And they trimmed the lamps as the sun went down;
They looked at the squall, and they looked at the shower, 10
   And the night-rack came rolling up ragged and brown.
   But men must work, and women must weep,
   Though storms be sudden, and waters deep,
          And the harbour bar be moaning.

Three corpses lay out on the shining sands                       15
   In the morning gleam as the tide went down,
And the women are weeping and wringing their hands
   For those who will never come home to the town;
   For men must work, and women must weep,
   And the sooner it’s over, the sooner to sleep;                 20
          And good-bye to the bar and its moaning.

三人の漁師が 西の海に漕ぎだした
  夕日が波聞に沈むころ 西の海に漕ぎだした
(おも)いはいずれも 心やさしい女房(にょうぼ)のうえに
    子供らは港の外(はずれ)に佇(たたず)んで 父親たちを見送った
  男は働き 女は泣く運命(さだめ)                     
  漁獲(かせぎ)はわずか ひもじい子供らに囲まれて
       たとえ港の口に 波風騒いでも

三人の女房(にょうぼ)は 灯台のやぐらにすわって
  夕日が波間に沈んだ今は ランプの芯を切って明るくし
突風 驟雨を みつめつづけた
  ぼろぼろで鈍色(にびいろ)の 霧の帳(とばり)がたち籠めた
  男は働き 女は泣く運命 (さだめ)
  突然嵐が襲い 海が荒れ
       たとえ港の口に 波風騒いでも

三つの死体が 輝く砂浜に打ちあげられた
  潮が引き 朝日の輝く砂浜に
生きてはふたたび港に帰れぬ男(もの)たちのため
  女房は泣き 手を絞(しぼ)って涙にくれる
  男は働き 女は泣く運命(さだめ)
  仕事を了(お)えたものから 永眠(ねむり)に就く
       港の口に騒ぐ波風とも おさらばだ   (山中光義訳)

 

<原詩の箱_Blake_1>

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<訳詩の箱_Blake_1>

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<原詩の箱_Blake_2>
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