第137話 白銀の想像力
ウォルター・デ・ラ・メア『銀貨』(Walter de la Mare, “The Silver Penny”, 1902)
“Sir Patrick Spens” (Child 58) の頭注でチャイルドが、18篇の異版のある『サー・パトリック・スペンス』の中でも行数の少ないA版 (Percy’s Reliques)について「これが詩的にもっとも優れている。断片的かもしれないが、欠落部分は想像力によって容易に補いうる。物語の全体あるいは全てはH版(Scott’s Minstrelsy)で語られているのかも知れないが、全てよりも半分が良いのだ」と述べている。1 このチャイルドの考え方が後のバラッド編集に少なからずの影響を与えたこと、しかし実際には、ESPB 収録の305篇の中でも『サー・パトリック・スペンス』A版の44行という長さは圧倒的に短い方で、もっとも長い『ロビン・フッドの武勲』(”A Gest of Robyn Hode”, 117)の456スタンザ、1,824行を筆頭に、ロビンフッド・バラッドやボーダー・バラッドといわれるもので、100行を越えるものは数多い。2 何を良しとするかは、端的に言って、受け取り手の好み、豊かな物語を好むか、それとも、想像力の広がりを好むか、ということであろうが、そのどちらも叶えてくれる広がりがあることがバラッドの魅力であると言っても過言ではあるまい。
前話で紹介したラフカディオ・ハーンが「何の衣裳(いしょう)も装飾も身につけていない詩歌」と言い、「神業のごとき表現の簡潔さ」を良しとするのは、上に紹介したチャイルドの『サー・パトリック・スペンス』評価に通底するものがあろう。ハーン推奨のキングズリー『エアリー・ビーコン』(12行)に匹敵する短い秀作を残しているウォルター・デ・ラ・メアの『銀貨』をここに紹介して、想像力の在り方をあらためて考えてみたい。
「船乗りさん
ぼくとかわいい妹ジェニーを
乗っけていってくれるなら
キラキラ光る銀貨をあげよう」
「さあさあお乗り お坊ちゃん 5
あんたとかわいい妹ジェニーを乗っけてあげよう
銀貨のかわりに船代は
ジェニーの金髪にしておくれ」
三人が沖へ沖へと乗りだすと
ああ 風が激しく吹きはじめ 10
泡立つ波が飛び散って
夜はどんどん暗くなる
海はどんぶら荒れ狂い
まっさかさまに船のなか
三人は二度ともう 15
陸(おか)に戻ることはありません
船乗りさんは溺れます
かわいいジェニーも溺れます
深い深い海の底に
キラキラ銀貨も沈みます 20
『エアリー・ビーコン』はわずか12行ながら、第3スタンザの「なんて淋しい丘になったことか/エアリー・ビーコンでわたしは独りぼっち/膝の上には赤ん坊 」(10-12) の意味は、先行する二つのスタンザで幸せであった語り手が、恋人に捨てられて、形見の赤ん坊を抱いているということが明確に伝わってくる。その意味で、作品『エアリー・ビーコン』に抱く読者の想像力ははっきりと限定されているのである。それに比べて、デ・ラ・メアの作品はどうだろうか。男の子と妹が船乗りさんに乗っけていってくれと頼み、船代は「銀貨」でと申し出る。船乗りは、銀貨の代わりに妹の金髪を、と言う。沖へ乗り出した小舟は、泡立つ夜の海に飲み込まれて、銀貨と一緒に3人とも海の底に沈んでしまう。
これを文法用語で説明するならば、’because’などの「理由・原因」を説明する「従位接続詞」(‘subordinating conjunction’)が背景にある前者と、’and’ という「等位接続詞」(‘coordinating conjunction’) のみで時の流れが説明される後者の違いである。当然ながら前者の想像力はある種の限定を受けるのに対して、後者では想像力は何らの制限も受けない。金髪を求めた船乗りは、人間の男だったのか、それとも悪魔か何かの異界の存在か?『サー・パトリック・スペンス』の場合のように、荒れると分かっていた冬の海に乗り出しての遭難事故と違って、単に海が荒れてきて、3人が銀貨と一緒に海底に沈んでゆく。読者の想像力は、単にa, b, and c という出来事の流れに沿って自由に逍遥するのである。
人間界と自然界を含めて、この世は解答の無い未知なる神秘性に溢れていると考えるデ・ラ・メアの作品では、理由は説明されない。1995年にアンケートを実施、翌年出版された『イギリス人が愛する英詩100選』の中の詩人の一人にデ・ラ・メアが選ばれ、彼の二作品、“The Listeners” が第3位、”Silver” が63位であった。1912年に出版されたThe Listeners and Other Poems 収録の“The Listeners”で、名も無き旅人が、月明かりに照らされた森の中の一軒家を訪ねる。ドアを叩いても返事が無い。しかし中では「たくさんの亡霊たちが聴き耳を立てている。旅人は心の内に家のなかの者たちの不思議さ、彼の呼ぶ声に答える静けさを感じていた (“And he felt in his heart their strangeness, / Their stillness answering his cry”, 21-22) が、やがて旅人は静かに立ち去ってゆく。”Silver”は1913年に出版された子供向けの詩集 Peacock Pie, a Book of Rhymes に収録された。白銀の靴を履いた月がゆっくりと静かに夜を渡ってゆく様が描かれる。
Slowly, silently, now the moon
Walks the night in her silver shoon;
This way, and that, she peers, and sees
Silver fruit upon silver trees;
One by one the casements catch 5
Her beams beneath the silvery thatch;
Couched in his kennel, like a log,
With paws of silver sleeps the dog;
From their shadowy cote the white breasts peep
Of doves in silver feathered sleep 10
A harvest mouse goes scampering by,
With silver claws, and silver eye;
And moveless fish in the water gleam,
By silver reeds in a silver stream.
樹々に実る果物を染め、藁葺き屋根の下の窓辺から差し込み、犬小屋で丸太のように寝そべる犬の前脚を白く、薄暗い鳩小屋に眠る鳩たちの胸元も白く、駆け回る萱鼠の爪も瞳も白く、魚がじっと身を潜めている水辺の葦を染める白銀の世界、デ・ラ・メアにとって「白銀」は万物を等しく包み込む、究極的な想像の世界であったのだろう。これを仏教でいう「真如(しんにょ)の月」に置き換えれば、「存在の本質,存在の究極的な姿としての真理そのもの」を照らす力と言えようか。深い深い海の底に沈んだ男の子と妹と船乗りさんを「銀貨」は「キラキラ」照らしているのである。
注 1: 原文は、”Persy’s version remains, poetically, the best. It may be a fragment, but the imagination easily supplies all that may be wanting; and if more of the story, or the whole be told in H, the half is better than the whole.” (ESPB, II, 18)
注 2: この問題については「チャイルド・バラッドの全訳を終えて」(『全訳 チャイルド・バラッド』第3巻)において指摘済み。
<ひとくちアカデミック情報>
『イギリス人が愛する英詩100選』:The Nation's Favourite Poems, 1996, BBC Worldwide Limited. 1篇だけ選ばれた詩人が38名、2篇選ばれた詩人が13名で、デ・ラ・メアはその中の一人であった。その他、3篇選ばれた者が9名、4篇と5篇がそれぞれ1名で、最高の5篇の名誉はT. S. Eliot (1885-1965) が獲得している。他方で人気No. 1の栄誉はKipling (1865-1938)の “If - “ であった。Shakespeareの”Sonnet 18”が36位、
”Sonnet 116”が84位で、デ・ラ・メアの人気がShakespeareよりも上位であったことは、自分もそうであったが、多くの読者は驚かれたことであろう、と編者 Griff Rhys Jones は「まえがき」で書いている。因みに、Coleridgeの”The Ancient Mariner” 他10篇が、われわれの『英国バラッド詩アーカイブ』に収録されている。