第34話 「この娘はおまえの花嫁」
『ヘイゼルグリーンのジョン』("John of Hazelgreen", Child 293A)
前話は身分違いの恋を家族の者たちが許さない悲劇の歌であったが、バラッドの複眼的視点の今ひとつの例として、今回は逆に、親から祝福されて幸せになる話である。
陣内敦作 |
身分卑しい娘がヘイゼルグリーン(場所、未詳)の領主の息子と恋仲になっている。娘のところに、身分を隠した男が訊ねて来て、「何が悲しいのですか かわいい娘さん/そんなに悲嘆にくれるとは/たとえ身分は違っても/あなたを花嫁にして/そばにおける者は/幸せだろうな」と言うのだが、娘はいっこうに希望が持てない。ヘイゼルグリーン(地名であるが、同時に、領主一族の名前)はもう他の女と結婚していると言われると、娘は「もしそうだとしたら/・・・/溜息もすすり泣きも もうやめて/涙でいっぱいの目を閉じるわ/・・・/ヘイゼルグリーンを想って死ぬわ」と言う。男は「ヘイゼルグリーンのことなど忘れて/ 私と一緒に行こう/そなたを上の息子の嫁に迎えて/立派な奥様になってもらおう」と言って、連れ出す。道中、ペチコートやガウンや絹の帽子を買ってもらっても、娘は「素敵なヘイゼルグリーンを想って」涙がいっこうに止まらない。やがて、男の屋敷に到着する。「息子のヘイゼルグリーンは大急ぎで/父親を迎えに走りました」と、ここで初めて、娘を連れてきた男の素性が明らかになる。驚いた息子は、恋人を抱きしめて、遺産の土地を放棄してでもこの恋人を屋敷に迎えたいと訴えると、
父親は「この娘は今日 はるばる遠くから/おまえを訪ねてやって来た/今日は おまえたちの結婚式/さあ この娘はおまえの花嫁/遺産はそっくり おまえに譲ろう/このままへイゼルグリーンで暮らすがいい」と言って、この歌は終わるのである。ある意味、平凡で迫力に欠ける話かもしれないが、歌の伝承という観点からは大変興味深い作品なのである。純粋な口承という形でのバラッドは最早ほとんど伝承されていないと言わざるをえないが、コンサート歌手などによって綿々とうたい継がれていることは事実である。その場合、実は、それぞれの歌手によって様々な形に変奏されてゆく。今回の「歌の箱」でも、例によって英国を代表するジーン・レッドパスの歌を紹介しているが、彼女はサー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott, 1771-1832)のバラッド詩"Jock of Hazeldean" (1816)そのものをうたっており、それは伝承された歌詞と創作を合体させたものなのである。そこでは、悲しんでいる娘の所にやって来た領主が自分の息子と結婚させてやろうと思い、祝宴の準備もすべて整えて娘を待つのだが、娘は結局現れず、「ヘイゼルディーンのジョックと国境を越えて駆け落ちしました」と終わる。動画サイトYouTubeの「説明」欄にレッドパスの歌詞を掲載しているので、下の「ひとくちアカデミック情報」欄のスコットの作品と比べてみると判るが、 レッドパスの出だしはスコットのままで伝承の歌詞、続く部分ではスコットの第2スタンザと第3スタンザを入れ替えてうたっている。ワーズワス (William Wordsworth, 1770-1850)の場合もそうであったが、詩人たちは伝承バラッドを模倣した作品を書き、願わくばそれが伝承同様にうたわれることを願った。時経てこのように自分の詩がうたわれるスコットはさぞかし満足であろう。
ひとくちアカデミック情報: “Jock of Hazeldean” (1816): スコットは、作品の頭注に "The first stanza of this Ballad is ancient. The others were written for Mr. Campbell's Albyn's Anthology."と述べているが、この第1スタンザはチャイルドの293E版である。 I. "Why weep ye by the tide, ladie?/Why weep ye by the tide?/I'll wed ye to my youngest son,/And ye sall be his bride:/And ye sall be his bride, ladie,/Sae comely to be seen" —/But aye she loot the tears down fa'/For Jock of Hazeldean. II. "Now let this wilfu' grief be done,/And dry that cheek so pale; /Young Frank is chief of Errington,/And lord of Langley-dale;/His step is first in peaceful ha',/His sword in battle keen" —/But aye she loot the tears down fa' /For Jock of Hazeldean. III. "A chain of gold ye sall not lack,/Nor braid to bind your hair; /Nor mettled hound, nor managed hawk,/Nor palfrey fresh and fair; /And you, the foremost o' them a',/Shall ride our forest queen" —/But aye she loot the tears down fa'/For Jock of Hazeldean. IV. The kirk was deck'd at morning-tide, /The tapers glimmer'd fair;/The priest and bridegroom wait the bride,/And dame and knight are there./They sought her baith by bower and ha';/The ladie was not seen! /She's o'er the Border, and awa'/Wi' Jock of Hazeldean. (From The Poetical Works of Sir Walter Scott. Ed. J. G. Lockhart. Edinburgh: Robert Cadell, 1841)
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