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第64話 「小姓が王妃になるなんて」
「小姓になった姫」 ("The Famous Flower of Serving-Men", Child 106)

チャイルド番号が連続するように、女が男に変装して幸福をつかむという話の続きで、いささかたわい無い前話と違って今回の変装にはもう少し切実な事情があってのことだが、結論はやはり単純なハッピーエンディングである。高貴な家に生まれついた「わたし」が、或る若い騎士の花嫁になる。優しい夫は「わたし」のために「香(かぐわ)しい花で飾られた/この世で一番素敵な館(やかた)」 を建ててくれる。ところが或る晩、泥棒が入り、館は荒らされ、夫は殺され、召使たちは皆逃げてゆき、ひとりぼっちで取り残されてしまう。「わたし」は、イリーズからウィリアムに名前を変えて、「すぐさま 髪を切り落とし/男装に身を包み/ダブレットに ズボンに ビーバーの帽子/首には金の鎖を巻きつけ/ 脇には細身の剣を差し/伊達者よろしく 馬に乗って」ゆく。高貴な方の従者になることが目的であった。

106 lady turned serving man
Rackham, from Some British Ballads (1919).

やがて王様のお城にやってきて、「もしも お許しいただけるなら/王さまの小姓に」との願いがかなう。ある日、ウィリアムだけお城に残り、王様は家来たちを引き連れて狩りに出かける。ウィリアムは浜辺に行って、リュートを奏でながら歌をうたう。「わたしの父は りっぱな貴族/ヨーロッパ中で一番の りっぱな貴族/わたしの母は 美しい貴婦人/わたしの夫は 勇敢な騎士」と、それは自分の身の上を語る歌であった。「わたしもほんとうは きれいな貴婦人/豪華なドレスをまとった貴婦人/その国のどんなにきれいな娘でも/わたしほどの幸せ者はいませんでした/「毎日 しらべを奏でては/美しい曲を弾きました/きれいな侍女がとりまいて/日毎夜毎に仕えました/「ああ でも 夫は殺され/友は逃げてゆきました/幸せはあっという間に消え去って/今は小姓となって仕える身」うっとりするような気高い声の歌は、ひとりの老人に聴かれていた。狩りから戻った王様に老人は、「ウィリアムは 実はりっぱな貴婦人でした」と報告する。王様はすぐさま豪華なドレスをまとわせて、金の冠をかぶらせ、「面倒なことが起きないうちに」と、ウィリアムをすぐに妃に迎えたのであった。「小姓が王妃になるなんて/こんなことがあったでしょうか」という、ブロードサイド・バラッドらしい話の落ちである。前話「イズリントンの役人の娘」の場合は、パースィが『ピープス・コレクション』から採ったものを、細かな語句の変更は別にして、ほとんどそのままチャイルドが再掲していたが、今回の作品の場合チャイルドは、パースィのReliquesに掲載されていることは頭注の初めに紹介しながら、パースィの版ではなくて、元のブロードサイドそのものを紹介している。パースィの加筆が目立つ場合のチャ イルドの一貫した態度である。パースィにおいては、話の流れがとてもスムーズになるように整理されていた。すなわち、変装のきっかけは、泥棒が入って夫が殺された時、彼女は恐怖に震えながら男の衣装に身を隠して命からがら館を脱出したのであった。そのまま変装を続ける覚悟をして彷徨(さまよ)っていて、ある時、疲れ切った身体を横たえて思わず涙していた時に、たまたま、狩りをしていた王様の一行が通りかかり、どうして泣いているのかと訊かれ、事情を話す。願いは何でも叶えてやろうと言われて、王様の小姓になれればと言うと、その願いを受け入れてもらえて、一生懸命に勤めを果たしているうちに段々と王様から好感を持たれてくる。ある日、王様が狩りに出かけた留守中に、一人残った彼女が部屋にあった女性の衣装や宝石を身に着けて、わが身の不幸を嘆き、涙しながらリュートを奏でているところに、一行より一足先に戻った王様が、彼女の歌を一言漏らさず聴いてしまう。小姓のウィリアムが女性であったことを知った王様は、彼女を自分の妃にと申し出る。「小姓が王妃になるなんて/こんなことがあったでしょうか」という落ちは、ブロードサイドと同じである。「歌の箱_1」でうたうEwan MacCollはチャイルドの版を、「歌の箱_2」のマーティン・カーシーはこの歌に独自の歌詞を追加している(http://lyrics.wikia.com/Martin_Carthy:Famous_Flowers_Of_Serving_Man参照)。すなわち、女主人公の母親が(うたわれていないが、恐らく結婚に反対だったことから?)泥棒たちをつかわして夫と赤ん坊を殺害させる。「わたし」は二人を埋葬した後、男装して王様の小姓となる。ある日狩りに出かけた王様は、森の中で不思議な動きをする鹿に導かれて、ある墓石のところまでやって来ると、そのままそこに疲れた体を横たえる。そこに鳩が飛んできて、かの小姓の悲劇を伝える。事情を知った王様は、母親を見つけ出して、火あぶりの刑にする、という話である。王様が小姓と結婚するということにはならない。このようにバラッドの内容が自由に変化しながら伝承されてゆくことは、バラッド本来の口承性が内包する姿であり、変容(=変奏)の垣根はあくまでも低く、想像の翼を自由に広げて飛べるのである。

ひとくちアカデミック情報
マーティン・カーシー: Martin Carthy (1941-   ). 1970年代には、ロックバンドSteeleye Spanのエレキギターリスト、更に、トラディショナルボーカルグループWatersonsのメンバーとして活動、トラッドの旗手としての功績を認められ、1998年にはイギリス女王から大英帝国勲章(Member of the Order of the British Empire [MBE])を授与された。