balladtalk

第79話 犯人を暴露する小鳥
「ヤング ハンティング」 ("Young Hunting", Child 68)


「夜が明けるまで啼かないで」と頼まれながら意地悪く約束を破って恋人たちを不幸にする雄鶏がいたように(第77話「命がけのウィリーの夜這い」参照)、伝承バラッドでは人間以外の生き物たちもそれ相応に事件に参加して物語を豊かにしている。今回は、小鳥が事件の鍵を解くという大きな役割を演じる。

男が女に別れを告げに来て、「おまえより三倍も愛する人がいる」と言う。おまけに、「いとしいひとは足でさえ/おまえの顔より もっと白い」と、色黒の恋人に対して酷いことを言うものである。捨てられた女の見事な復讐が始まる。最後に一晩一緒にいて、と頼んだ色黒女は「とびきりのビールとワイン」を振舞って、男を「酔って狂った豚のよう」にしてしまい、ベッドに寝かせる。それから、ガウンの下に隠しておいた短剣を取り出して、男を深く深く刺してしまうのである。ここから、「きれいな鳥」(オウムと特定されている版も複数にある)の登場である。

Child 068A young hunting bt
陣内 敦作

殺人現場を飛んでいた小鳥から、「お嬢さま あなたの緑の服が/どうか血に染まりませんように」と脅された女は、口を封じようとして小鳥を手元に誘う。降りたら最後自分も殺されると考えた小鳥は、勿論言うことを聞かない。その後、女は殺した恋人ハンティングに「靴を履かせ 拍車をつけて/首には 狩りの角笛を/腰には剣を」差してと、狩りの姿に整えて事故死と見せかけてクライド川に沈める。

場面変わって、お城で王様が狩りに行こうと、息子ハンティングを呼びにやる。恋人ハンティングには昨日の昼から会っていないと応えた件の女から、「クライド川で/溺れて死んでいるのでは」と言われた王様は川を探させるが、見つからない。そこに例の小鳥が飛んできて、「クライド川で溺れたのではありません/殺されて川に沈められただけ/あそこのお城の色黒女が/殺して川に捨てたのです」と、犯人を暴露する。おまけに小鳥は、「昼に探すのはおやめなさい/夜になって探すのです/かわいそうな騎士が沈んだところで/ろうそくが 明るく輝くでしょう」と教える。カトリックの世界では昔から、浄めたロウソクをパンやコルクの上に乗せて川に浮かべると、死人が沈んでいる場所で明るく輝くと信じられていた。王様が女を火あぶりの刑にしようとすると、女は「やったのはメイ・キャサリンよ」と、別の女の仕業にしようとする。しかし、濡れ衣を着せられた女を薪の炎が焼くことはない。真犯人を薪に乗せてみると、炎は女の頬を、顎を、綺麗な体を焼いて、女は「真っ黒焦げになりました」ということである。

事件を引き起こすのは人間であるが、その人間の罪の隠蔽を赦さない存在としてここでは小鳥が登場した。さらに、有罪か無罪かを裁く力がここでは薪の炎に与えられている。人間はいつの日にか傲慢になって、このようなことを不合理なものとして排斥してきたかも知れないが、人間を含めた自然界全体が本来、非合理で不条理な世界であるということは、(実存主義という難しい言葉を持ち出さなくても)バラッドの物語が絶えず教えているところである。インターネット時代の今日においてますます、'YouTube'のようなウェブサイトを通して世界中の人々が伝承バラッドを共有しあうという希有なる隆盛を迎えているが、私には、それは何故なのだろうかと絶えず自問自答するところがある。今回の「歌の箱」では、かつて 'Beatniks'の女王と呼ばれ、60年代に活躍したアメリカのジュディー・ヘンスク(Judith A. "Judy" Henske, 1936-  )の歌 (タイトルは"Love Henry")を紹介しているが、社会の常識や道徳に反抗して反体制的な行動を標榜したビート族の若者たちを伝承バラッドが魅了したことはある意味当然として、クラシック音楽の分野でもこの種の歌が結構愛されていることはとても考えさせられる。古くは、ブラームスが「エドワード」を念頭に『4つのバラー ド』作品10の第1曲を作曲したことはよく知られているが、現代においてもドイツのアンドレアス・ショル (Andreas Scholl, 1967-  )のようなカウンター・テナー歌手がイギリス伝承バラッドを歌っていることは、改めてバラッドの魅力の本質はどこにあるのかということを考えさせるのである。


ひとくちアカデミック情報
アンドレアス・ショル: Andreas Scholl(1967-   ). ドイツ生まれ。少年聖歌隊のメンバーとして音楽訓練を受け、1998年にヘンデルの「ロデリンダ」で本格的にオペラ・デビュー。1996年にリリースされたEnglish Folksongs & Lute Songsには "The Three Ravens"や "Barbara Allen",  "King Henry"などが収められている。アルバム全体もYouTubeで聴けるし、"The Three Ravens"などは単独の形で聴くことも可能である。いずれも下記のURL参照。
English Folksongs & Lute Songs
https://www.youtube.com/watch?v=1hRs-Z5ZKqI
"The Three Ravens"
https://www.youtube.com/watch?v=9KsNCLjMgTM
"Barbara Allen"
https://www.youtube.com/watch?v=6--Gz9qVsfg
"Lord Randall"
https://www.youtube.com/watch?v=UooMssjjci0