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第85話 写本の恩恵
「ロビン・フッドと修道士」 ("Robin Hood and the Monk", Child 119)


1450年頃の写本から取られたこの作品をチャイルドは頭注で「完璧」と評し、写本として書き取られたが故に口承による不完全化を免れたと述べている。そして出だしの二つのスタンザを、目と耳に訴えかける見事な風景描写であると評価している。
1 夏の木の緑は輝くばかり         2 鹿が高い丘を下っては
    葉は大きく伸びやかに            谷間に向かって降りてゆき
  森を歩けば                 緑に茂る木の下で
    鳥のさえずりはなんとも楽し         青葉にとけて姿が消える

このような美しい朝、ロビン・フッドは聖母マリア様に祈りを捧げるためにノッティンガムに出かけてくると言い出す。粉屋の息子のマッチが、武装した屈強な手下を十二人お連れにならなければ危険だと忠言するが、ロビンはリトル・ジョン一人で十分、彼に弓を持たせよう、と言い張る。ジョンは、「どうぞご自身でお持ちなされ/わしにはわしの弓がござる」と応じて、二人で出かけることになるのだが、道すがら弓での賭け勝負をして、勝ったジョンにロビンが賭け金を渡すことを拒んだことから激しい諍(いさか)いになり、ロビンがジョンにのしかかって拳で殴りつける。これに腹を立てたジョンが、「もうお前など主人ではないわ/このわしを殴るとは/誰か別の者をお連れなされ/わしはもう ご免こうむる」と言って森に戻り、結局ロビン独りで行くことになる。

Child 119 robin hood and monk のコヒー
陣内敦作

ノッティンガムに到着し、教会で「神様とお優しきマリア様」にお祈りをしている時、横に立っていた白髪の修道士に、一目でそれがロビン・フッドだと見破られる。通報を受けた代官は大勢の部下を連れて教会に向かう。孤軍奮闘するも、やがて剣が真っ二つに折れて、ロビンは捕縛される。この知らせを聞いた手下の者たちは「茫然自失」するが、リトル・ジョンだけは冷静で、「いつも通り動けばよい/・・・/豪胆無比なお前たちの不様な姿なぞ/見るも不面目」と言い、「お頭(かしら)はいつもマリア様に祈っておられた/このたびも祈られたはず/だからわしはその恩寵を信じる/お頭(かしら)がひどい死に方などなさるはずがない」と皆を鼓舞した上で、マッチと二人だけで救出に向かう。道中、件(くだん)の修道士と小姓が馬でやって来るところに出くわす。素知らぬ顔をして挨拶をしたジョンが、「うわさによると かの極悪の無法者/・・・/昨日召し捕られたそうではござらぬか/あの悪党め わしらから/二十マークもの金を盗みよった/もし本当にあの無法者が捕まったのなら/わしらにとってもそれは吉報」と言うと、修道士も調子に乗って、「わたしも難にあったのだ・・・/百ポンドあまりも盗まれた/やつを捕えたのはこのわたし/わたしに感謝するがいい」と応じる。

しかし、ジョンとマッチは修道士と小姓の命を奪い、彼らが携えていた手紙を持って、王様に拝謁する。手紙を読んだ王は、ロビンのようなヨーマンに会ってみたかったと惜しむが、ジョンとマッチに二十ポンドの褒美を与え、二人を王に仕えるヨーマンに任じて、使者として戻るよう命じるのであった。王がジョンに手渡した信書には、「傷一つつけずにロビン・フッドを/王のもとに連れてくるよう」と認(したた)められていた。代官に王の信書を手渡したジョンは、労をねぎらわれて、最上のワインを振舞われる。ワインとエールをたらふく飲んだ代官が眠りにつくと、ジョンとマッチは牢獄へと向かう。牢番を殺した二人はすぐさまロビンを解き放ち、ジョンはロビンに剣を手渡して、「自分の身は自分でお守りを」と言いつけて、自らはさっさと脱出してしまう。町中の大騒ぎをよそに、ロビンもやがて「この上なく安全なシャーウッドの森」に戻ってくる。出迎えたジョンがロビンに「ひどい仕打ちのお礼はちゃんといたした/これにてお暇(いとま)いただきたい」と申し出る。ロビンが「それはならん・・・/断じてならん/今日からお前がわしらの頭(かしら)/わしも含めた無法者たちの」と平身低頭し、ジョンが「それは決してなりませぬ/わしをお仲間とお思いくださるのなら/それだけで十分にござる」というやり取りを経てひと悶着は無事に治まることになる。

知らせを受けた王は、「リトル・ジョンが代官を騙した/こともあろうにこのわしまでも/・・・/こともあろうにヨーマンの誉れなどと/この手で褒美までつかわした」と悔やみながらも、「このイングランド中で/やつこそ真実(まっこと)優れたヨーマンよ/やつは主人に忠実で/・・・/我らのだれに対してよりも/主人ロビンへの愛情をもっておる/ロビン・フッドはどこにいようと/あのリトル・ジョンとは離れられぬ/もうこの件はおさめようぞ/ただ我らがリトル・ジョンに騙されただけ」と述べてこの歌は終わるのである。喧嘩し合うほどに親しく信頼し合った主従関係の美しさを王の口を通して保証するこの歌は、ロビンフッド物語を宝とする民衆への、為政者からの最高のメッセージとなっていたのである。

ひとくちアカデミック情報
マーク:mark. 本来は金や銀の質量を量る単位であった。1999年1月1日のユーロ導入まで使われていたドイツの旧通貨単位ドイツマルクが一般的にはよく知られているが、かつてはドイツに限らず広く西欧で流通していた。イングランドとスコットランドでも10世紀から17世紀ごろまでの通貨として、古くは1マーク100ペンス、ノルマンコンクェスト(1066年)以降は160ペンス(13シリング4ペンス)に相当した。従って、本文中でジョンが「(ロビンは)わしらから/二十マークもの金を盗みよった」という金額を換算すると、20 mark=20×160d =3,200d=£13.33、すなわち、約13ポンド、 「百ポンドあまりも盗まれた」という代官とは大きな隔たりがある。

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