第1話 肉体を持った亡霊
『マーガレットとウィリアム』("Fair Margaret and Sweet William", Child 74B)
Illustrated by W. Cubitt Cooke |
ウィリアムは恋人マーガレットとの結婚の許しを得ようと、彼女の屋敷にやってくる。父親から冷たくあしらわれたウィリアムは、別の女と結婚すると啖呵を切って去ってゆく。ウィリアムが新しい恋人と教会に向かう姿を見たマーガレットは、屋敷を出て、「二度と戻ってきませんでした」とうたわれる。
結婚式の一日が過ぎて、夜が来て、皆が寝静まった時、マーガレットの亡霊がウィリアムの足元に立つ。さて、そこからは二人の会話である。「ウィリアム ベッドの心地(ここち)はいかがです/シーツの心地(ここち)はいかがです/腕に抱かれてぐっすりおやすみになっている/栗色の奥様はいかがです」とマーガレットの亡霊が尋ねる。ウィリアムが答えて、「マーガレット ベッドの心地(ここち)はけっこうです/シーツの心地(ここち)も けっこうです/でも ベッドの足元に立っておいでの/色白のお方のほうがもっとよい」と言う。ウィリアムの会話の相手が「マーガレットの亡霊」であるとはっきりうたわれているからそうかと思うだけで、この会話そのものは生きているマーガレットがウィリアムと話しているとしか思えない。ウィリアム自身に、 亡霊に驚いたり、怖がったりしている様子は微塵も無い。
翌朝、ウィリアムがマーガレットの屋敷に出かけていって、居場所を尋ねると、彼女が死んで、お棺の中だと知らされる。マーガレットは昨夜の内に死んでいた。 ウィリアムも後追いするように死んで、二人の墓の上にはバラとイバラが生えて、 「バラとイバラは大きくのびて 恋結びを結(ゆ)いました/こうして二人は 死んで結ばれたのでした」とうたわれて、話は終わる。
捨てられたマーガレットが屋敷を出た後、どのようにして死んだかという経緯はいっさい省略されている。バラッドをうたってきた民衆には、「生」と「死」はあまりはっきりと区別されていないようである。と言うよりも、彼らがこのような物語歌を創るときには、「生」と「死」を峻別しない、一連の「生」のドラマとして捉えてゆく豊かな想像力が働いていた、と言うべきか。
最後に二人が植物になって結ばれたという「変身」も、民衆の優れた想像力の生みだしたものである。この話題はいずれまた改めて。
ひとくちアカデミック情報: Child:ハーバード大学言語学者であったFrancis James Child (1825-96)が編纂したThe English and Scottish Popular Ballads。
Cooke: R. Brimley Johnson選Popular British Ballads: Ancient and Modern 4巻(London, 1894)の挿絵を描いたW. Cubitt Cooke (1866-1951)。
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