balladtalk

第20話 駆け落ち
『ダグラス家の悲劇』("The Douglas Tragedy", Child 7B)

真夜中、ダグラス家では娘マーガレットが居なくなったと大騒ぎになる。「さあさあ 起きて ロード・ダグラス/輝く鎧をお召しになって/あなたの娘が 夜陰(やいん)にまぎれて駆け落ちしたと/世間に知れてはなりませぬ」

馬に乗ったマーガレットとウィリアムは軽やかな足取りで駆けてゆくが、やがて追っ手が迫ってくる。馬を降りたマーガレットは、恋人が7人の兄弟たちを次々と倒してゆく様を「一滴の涙も流さず」に見つめている。

Child 007B douglas tragedy
陣内敦作

しかし、愛する父親が苦戦する様子を見ては、さすがのマーガレットも父親の命乞いをし、ハンカチを取り出して、「ワインよりも赤い血」であふれる父親の傷口を拭くのであった。

このまま駆け落ちを続けるか止めるかと迫られたマーガレットは、「行きます 行きます ウィリアム/ほかに頼れる人はいません」と言う。再び馬に乗った二人 は「ゆっくりと」(=足取り重く)立ち去ってゆく。やがて小川に辿り着いて水を飲もうとした時、「恋人の心臓の血が川に流れて」マーガレットは動転する。 「しっかりして ウィリアム/こんなに深傷(ふかで)で どうしましょう」と言うと、ウィリアムは次のような名セリフを吐くのである。「おれの緋色のマントの影が/澄んだ水に映っているだけ」—まるで、近松ものを歌舞伎の舞台で観ているようである。

二人は、やがてウィリアムの母の館(やかた)にたどり着く。美しい恋人を連れてきたと告げたウィリアムは、「床をのべてください お母さん/ゆったり 深々とした寝床をのべてください/マーガレットを背中にぴったり添わせてください/そうすれば 安らかに眠れます」とお願いする。ウィリアムは夜中を待たずに息絶え、マーガレットも悲しみのあまり夜明けを待たずに息絶えたのであった。聖メアリー教会に埋められたマーガレットの墓からは美しい赤いバラが、ウィリアムの墓からもイバラが生えて、二つは絡み合って「いつも一緒をよろこびました」とうたわれる。しかしやがて「ブラック・ダグラス」(=生き残ったマーガレットの父親?)がやってきて、美しいイバラ(=ウィリアム)を抜き取り、聖メアリー湖に投げ捨てたそうである。

イングランドとスコットランドの国境ボーダー地域を舞台とした両国の戦いやクラン同士の諍い、それにまつわるクランの恋人たちの運命的悲劇などの歌を「ボー ダー・バラッド」という。この歌は、チャイルドの分類では7番'Earl Brand'にB版として収められているものであるが、B版の出典であるサー・ウォルター・スコット編纂の『スコットランド国境地方の歌』(1802)で のタイトル 'The Douglas Tragedy’'が有名であるため、ここではB版のタイトルを採用している。敵対するクランに生まれたダグラス家のマーガレットと彼女の恋人ウィリアムは恋の逃避行の末、命果て、地上で実らなかった恋をバラとイバラの恋結びによって成就させるという、悲しくも美しい物語である。バラッドが或る時代の社会の持っている精神の質を表現するとしたら、クランの誇り高さと結束の固さ、修羅場に臨んで怯まない精神、どこまでも添い遂げようとする頑固なまでの愛情を、この物語ほど男も女も見事に表現しているバラッドはない。 

churchyard best
'St. Mary's loch and the old churchyard',
taken by M. Yamanaka.

国境地方聖メアリー湖を巡る高い丘の中腹に、この歌でうたわれる中世のものとおぼしき教会墓地があり、墓石は刻まれた文字が読み取れないほどに風化して、 石棺の蓋もとれている。教会そのものは跡形もなく、湖の底に沈んでいると伝えられる。現在湖畔に建つ小さな教会は、バラッドにうたわれた時代のものとは別物である。

なお、今回の「歌の箱」に収録のYouTubeは、歌そのものではなくて、この物語の舞台稽古の風景かと思われるものである。 制作者がフィリピン共和国の人のようであるから、恐らくかの地の中学校か高校の学芸会の練習場面だろうか。スコットランドの昔の物語をアジアの子供たちが演じていることに驚いたが、不思議な演出でありながら、セリフ内容はここに採用のB版にとても近いことに感動して、あえてこれをアップしてみた。バラッド の普遍的な魅力の傍証にもなろうか。


ひとくちアカデミック情報ダグラス: 六世紀に遡るスコットランドのクラン(氏族)制度は、1746年4月16日の「カローデンの戦い」でハイランド軍がイングランド軍に完敗した時をもって完全に崩壊したが、ダグラス家はクランのなかでも最も古くから国境地方に一大勢力を誇っていたクランで、家系はブラック・ダグラス家とレッド・ダグラス家の二大系譜に分かれる。この歌に登場するブラック・ダグラスがどの時代の人物を指すのかということは判らない。

 

コメント   

0 # コカママ 2016年01月16日 11:42
美しく悲しい物語でした。you tubeのフィリピンの子供たち の芝居風景は興味深いですね。家 が対立していて、でもそこの娘と 息子が恋仲になって、二人が死ん で物語が終わるというのは、家は ともかく、家族の概念が希薄にな った現代日本よりも、家族の絆の 強いアジアの国でより理解される のでは、と思ったりしましたよ。
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